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ソクラテスに問う

無知の知。私は世の中で知らないことがたくさんある。つい先ほど、“漸く‘’の読み方を漸く会得したところだ。

BDSMの世界ですら、わからないことだらけである。しかも、知れば知るほど底が知れないものだとわかる。これを知とするならば、知は快楽でもあり、時に恐怖となりうる。

ああ、私はBDSMの世界ですらこんなにちっぽけな存在なのかと感じる。世の中には様々な嗜好を持った人たちがいる。私が知らないことがこの世の中で行われていると考えると、私はSであるだとか、○○の嗜好を持っているだとか口にすることが恥ずかしい気持ちが湧いてくる。実際にSだとかMだとか言葉で表すにはおこがましいと感じてしまうような嗜好を持つ人が世の中には、いる。それを知ってしまった私は、興奮と恐怖が同時に襲ってくる。

先天的、後天的はどうであれ、嗜好を持つにはなんらかのキッカケがあるように思う。

私はネットという媒体を通して、無知の知を諭された。私が知る以上の性癖、嗜好があるということを。

さらに、それが私の性癖となって根付いたらどうなるだろうか。

恐らく自制心の無い私にとっては、自分の感情を制御する術を持ち合わせていない。

きっと、Sに目覚めた時もこのような感情だったと思う。

その時、私は想像したのだろう。

目の前にガーターベルト付きの網タイツのみを着用した女性が首輪を付け、鎖に繋がれ、私の目を見ることなく、私の足下で跪いている。私は髪の毛を乱暴に掴み体を引きずらせて、特製の器具に頭を固定し口を開けて拘束する、毎朝器具に聖水を排泄し、器具を通して聖水を無理やり飲ませる。こぼした分は舌で舐めとらせる。粗相をした分だけ椅子に座りながら鞭を打ち、体を強く踏みつける。彼女は私の目を見ることが出来ずただ床にはいつくばり嬉々として聖水を舐めとる。その光景を満足げに眺め、彼女には何も言わず不敵な笑みを浮かべ仕事に向かう。

このような妄想をする私に、とある嗜好が私の中で芽生えたとき、とある嗜好がこの世に存在するのかと知ったとき、私は抗えるのだろうか。

知るということは、人間の特権だ。

人間の特権であるが故に、知によって人は支配されるときがある。

私は知りたい。

知は全ての感情を生み出すのかどうか。

もし、全ての感情が知によって支配されるのならば、知らずにいることもまた幸福な感情を生み出すことにはならないのか。

BDSMに片足を突っ込んだ私は、この世界を知らなかったらどうなっていたんだろうか。

無知の知を知った私はさらなる世界を旅したい。

そこに幸福があることを願って。

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Comments

SMなんて遊びやごっこ、底が浅い位に考えてるのが一番いいですよ。
変に考えすぎて深みにはまると頭がおかしくなります。

2017.04.20(Thu) 23:04       まり さん   #-  URL       

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